往復書簡2014 第3便 妖精さんとケンカ

山上さんのいう裏の教育者という存在はいいですよね。

 

別に教育者然としてなくてもいいのですが、世界を豊かにしてくれますから。私はこういう人を「妖精さん」と呼んでいます。妖精さんの役割は異なる価値観で成立する異世界を提示することですね。個人的な例としては、小学生の時に通っていた絵画教室の先生が思い当たります。小、中、高と、学校の先生に教わったことはからきし覚えていないんですが、この先生のことはよく覚えています。私が小学生だった当時、中学受験が大流行りだったため、私も巻き込まれてまったく関心のない進学塾に通うことになりました。この手の進学塾は入塾するにあたってテストがあるんです。そのためどれだけランクの高い塾に入れるのかという競い合いになるのですが、私はたまたま最難関とされる塾に引っかかってしまったのです。すると大人というのはすごいもので、私への扱いが180度変わったんですよね。それまで私を厄介者扱いしていた担任の先生までが、態度を一変させたのです。煙たがられてたいたずらっ子が、一夜にしてVIP扱いになるわけです。すると子供ですから、調子にのるわけです。塾の名前出すだけで顔色変える大人を、「なんてちょろい連中なんだ」と思うようになるわけです。

 

で、当然、絵画教室の先生もそうなんだろうと、意気揚々と自慢したところ「塾なんてのは頭の悪い奴がいくもんだ」とバッサリ。私の受かった塾がどれだけすごいのかと力説しても「一番の塾ってことは、一番頭の悪い連中が行くところだ」とむしろ吐き捨てるように言うのです。それで「お前がそこまでバカなヤツだとは思わなかった」と。その時は「なんだこの偏屈ジジイ」と思うくらいだったのですが、この時の体験は後になってじわじわ効いて、私の人生に大きな影響を与えているのですよね。要は、親や教師とはまったく異なる世界観を持つ人間がこの世にいるということを、この時初めて知ったのです。それで私は反発しつつも、心のどこかで安心しているのですよ。それはたかがテストの点数で態度を変える大人達に、かなり不信感を抱いていたからに他なりません。その意味で私は助けられたのです。この絵画の先生は、いま名前で検索しても作品が一枚もでてこないようなまったく無名の画家です。高齢で心臓を患っていたので、この数ヶ月後に他界してしまったのですが、お葬式で遺影の代わりに置かれていた立派な自画像はとても印象的でした。

 

こういう出会いって、だいたいの人は一人か二人しているものではないでしょうか。一つの世界の中でだけ生きていると、その中で生きる意味が見出せなくなった時に、存在を消すという選択しかできなくなることがあります。生きてはいけない世界で生きるのは地獄のようなものです。だから私は複数の世界に身を置くことが大切だと考えています。あまり多くても散漫になりますので2つか3つくらいがいいのではないでしょうか。山上さんの言う裏の先生、私の言う妖精さんは、常識的な社会と異世界の架け橋となるのです。ただこの妖精さんは、ただ異世界に誘うだけではいけません。引きずり込んで離さないだけでは、アンタッチャブルな「妖怪さん」になってしまいます。だから妖精さんは異世界に誘いつつ、頃合いを見計らって元の世界に連れ戻すことができなくてはいけないのです。

 

私もまた親子クラスで妖精さんになれればと思っています。子供達はみないずれ親子クラスを去っていきます。そして進学、就職して常識的な価値観で成立する社会に身を投じる中で、窮屈な思いをすることもあるでしょう。そこでふっと「あの時、北ちゃん(親子クラスではそう呼ばれていますw)とやってたことはなんだったんだろう?」と、思い返してもらいたいんですよね。そもそも良い年した大人のくせに、平日の昼間に子供達を集めてわいわい遊んでいるなんて、あいつは一体何者だったんだろう? という形で疑問を感じるかも知れません。小さなことですがそこが異世界への入り口となります。実際に足を踏み入れないまでも、そこに扉があるということが何かの助けになると思うのです。

 

ただ私の場合はお絵描きではなくて身体の使い方ですね。野口整体に「風邪の効用」という名著がありますが「ケンカの効用」が私の中でテーマの一つになっています。つまりケンカを避けるべき対象ではなく、それをきっかけにより成長できる経過の仕方を知っていきたいなと。そうすれば、意見や思想の異なる相手ともなんとなく仲良くやっていけるようになると思うんですよね。それにはやはり身体と身体をぶつけ合うというのが、必須の要素ではないでしょうか。それを避けた論理や交渉で和解しても、理屈を超えた交流みたいなのは生まれないと思うのです。

 

そういえば野口整体には「打ち切り」の技術というのがあると聞いたことがあります。すぐれた打ち切りは、打ち切られることで本人が強くなるということだったと思うのですが、これはどうやるのでしょう? また整体やシュタイナーでは子供のケンカについてどう捉えているのか、お聞きしたいところです。

 

北川